悲喜こもごも

読むと得も損もあり!

帰属家賃で考える住居の「賃貸vs購入」(2)

以下は,コミュニティみらい研究所代表の朝倉継道氏が執筆したものを加除訂正したものです。

<家を買うも借りるも,実は同じ経済的行為>

 次に,帰属家賃の考え方をから検討します。

 家を買って住むことと借りて住むことは,同じ経済的行為です。つまり,ローンを組んで家を買い,そこに住むということは,自らが購入した家を自らに貸して,毎月家賃をもらうことに等しいのです。もう少し詳しく述べると,家を買い,貸している立場の自分は大家(オーナー)となり,そこに住んでいる自分は店子(たなこ・入居者)となる。店子は,働いて稼いだお金をせっせと毎月家賃として大家に渡し,大家である自分は,こちらもせっせと銀行などにローンを返す。

 すなわち,持ち家を買って住んでいる人というのは,世の中の賃貸アパートやマンションを舞台に入居者とオーナーが展開している経済行為につき,これを1人2役で演じている存在ともいえるのです。

 この考え方をベースにすると,賃貸と購入の論理がうまく分解され,わかりやすくなります。

 例えば,家の水道が突然壊れ,水が出なくなったとする。店子である自分は「これでは暮らせない」と,大家である自分に文句を言う。大家である自分は「スミマセン」と言って,修理代を払い,水道を直す。結果,店子である自分は水道が直り満足だが,大家である自分の方はというと,思わぬ出費にすっかり意気消沈。

 また,家が地震に襲われたとします。その後,雨漏りが始まった。どこから漏れているのか,調べるだけでかなりの時間と費用がかかります。

 そこで,通常の賃貸物件の店子ならば,「こりゃもう住めない。あきらめよう」で,そこを出ていくこともできます。

これこそが,賃貸に住むことの何よりのメリットです。

 しかしながら,大家でもある店子の場合はそうはいかない。店子が家を失うことは,イコール,大家自身も家を失うことになる。すなわち,その場から逃げたくとも逃げられない気の毒な店子である自分のために,大家である自分は,なんとしてでも,必死で雨漏りを直してやらなければならない。

 つまり,よくいわれる家を持つことで失われる自由とは,ローンのために仕事をやめられなくなることではない(それは家賃も一緒だ)。「移動の自由」あるいは「避難の自由」といった,賃貸物件の借主ならば,誰もが当然にもつ自由のことをいう。ただし,これらの自由は,持ち家の所有者がもつ「自宅を好きなように改装できる自由」などとは,両立しえない関係なのです。

 さらに,店子が35年の“家賃”を払い終えたとしましょう。大家も同時にローン完済となります。そのうえで,店子の住居費は翌月から0円になるが,それでも店子は家を出ていかなくていい。

 これこそが家を買うことの最大のメリットだ。老後の安心の確保であり,よくいわれる「資産が残る」ということの具体的な効果にほかなりません。

 

お読み頂き,有り難うございました<(_ _)>